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プロフィール

子どもと高齢者が安心して暮らせる春日市に

吉居恭子(よしいきょうこ)

1955年佐世保市で生まれる。県立佐世保北高等学校、佐世保市立看護専門学校を卒業後、佐世保共済病院・広島記念病院で看護師として働く。

1983年春日市に転入後、子育てをしながら福岡市や春日市の病院で看護師として2015年まで勤務。子どもの成長とともに、保育園の認可運動、小学、中学、高等学校のPTA活動、学童保育運営などに携わる。

1985年より新日本婦人の会春日支部の事務局長、2015年より副支部長として「平和、女性と子どもの幸せ」という目的のため地域の女性たちとともに活動を続ける。

2017年より、毎月第3土曜日に地域の皆さんと地元のお寺との協力共同の「元気ワクワク料理教室」(子ども食堂・コミュニティー食堂)運営に携わっている。

2015年4月 春日市議会議員選挙初選
一期目は「市民厚生委員会」所属(市民部、福祉支援部、健康推進部担当)

2019年4月 二期目
「地域建設委員会」所属(地域生活部、都市整備部担当担当)
現在、社会福祉協議会評議員

政治目標・政治への想い
「子どもと高齢者が安心して暮らせる春日市に」

弱者が安心して暮らせる社会は、誰もが安心して暮らせる社会です。社会の宝であるはずの子どもたちの心身の健康、命や人権が大事にされていないと感じます。自然災害でもコロナ禍にあっても、一番つらい思いをするのは子どもや高齢者や障がいがある人たち、非正規労働者など社会的弱者です。

政治は本来、お金や権力を持った人たちを優遇するためにあるのではなく、様々な立場にある全ての人々が、希望をもって安心して暮らせる社会にするためにあるはずです。誰もが安心して生活できる春日市、希望の持てる社会、子どもたちが成長できる社会をめざしています。

家族の事、患者さんの事

1955年3人兄弟の長子として生まれました。母は、穏やかな優しい人でしたが30歳の時、輸血が原因で肝臓病になり、3人の子どもを育てながら病と闘い続け54歳で他界しました。私自身が母になり母の年を超えてみて、健康に生んでもらった感謝と、母の分まで元気で生きなければという思いがあります。父は、権力に屈することやごまかしの嫌いな人でした。「看護婦なら女一人でも生きてゆける」と言う苦労人の父の勧めで看護学校へ進みました。卒業後は、内科、外科、放射線科、混合病棟(眼科、耳鼻咽喉科、泌尿器科、皮膚科)、精神科、老人病棟、など様々な病と闘う患者さんやそのご家族と出会いました。患者さんたちは、制限された苦しい環境の中で精一杯生きようとし、医療従事者は、その思いに応えようと精一杯支えます。今回のコロナ禍は、科学や専門家を軽んじる政治の貧困のために、国民を苦境へ追いやっていると感じます。

日本共産党のこと

27歳の時に、尊敬する先輩看護師の勧めで日本共産党に入りました。政治には知識も興味もありませんでしたが、日本共産党が「嘘をつかない、誤魔化さない」「弾圧に屈せず一貫して戦争に反対してきた」「弱いものの味方」という事を知り、入党を決意しました。共産党に入ってから、子育ての事、食の安全、環境問題、医療の問題、戦争と平和について、憲法についてなど、少しずつですが学生時代以上にいろんなことを学んでいます。

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